大使レター

  • このコーナーについて
    1. 今日の大使館の役割は
    2. タンザニア・ビジネス
    3. 平井元喜さんの演奏会
    4. 中国のタンザニア進出の実態

    平井元喜氏ピアノ演奏会・・・在外公館の手作り文化行事

    ■タンザニアでクラシック音楽の演奏会!?


    ダルエスサラーム情報誌のDarLifeに載った平井元喜さんのリサイタルの批評。「普遍的な希望のメロディー 平井元喜の畏敬の念を抱かせる演奏」という標題の下に、平井さんの演奏を激賞している。

    タンザニアのある東アフリカは、西ヨーロッパやアメリカ東海岸よりも距離的には日本に近いにもかかわらず、心理的にはとても遠く感じられます。それは、従来日本とタンザニアの間の交流が少なかったからに他なりません。日本から見てタンザニアが遠いだけでなく、タンザニアから見ても日本は遠い国です。

    文化や人の交流を通じてこの距離を縮めることは、大使館の活動の大きな柱です。最近、ロンドン在住のピアニスト・作曲家の平井元喜さんがタンザニアを訪れたのを機会に我々の行った活動をご紹介したいと思います。

    私がタンザニアに赴任することが決まった時、旧知の平井さんから一度タンザニアに行って演奏会をしたいという提案がありました。大変嬉しかったのですが、それとともに心配もしました。そもそもヨーロッパのクラシック音楽がサブサハラの黒人社会にどの程度受け入れられるのだろうか、それもクラシックの本場ではない日本人による演奏が、というのが最初の心配。もうひとつは、まともな楽器などないダルエスサラームでどうやってコンサート用のピアノを手配するか、と言う心配です。

    ■評判になったリサイタル


    平井さんの演奏にスタンディング・オベーションで応える聴衆

    結論から言うと、私の杞憂は杞憂に終わり、メイン・イベントとなった平井さんのピアノ・リサイタルは、300人を超える聴衆が詰めかけ、喝采とスタンディング・オベーションのうちに終わりました。私自身も、たくさんのタンザニアの要人や外交団から素晴らしい演奏会に対する感謝と感動を伝えられ、驚きかつ嬉しさでいっぱいになりました。特に、平井さんの作曲であるScenes from native landは、そこに表現された日本の心象風景と平井さんの熱演が大きな反響を呼び、後々まで評判の演奏となりました。テレビにも取り上げられ、ダルエスサラームの情報誌も素晴らしい写真とともに演奏の感動を伝えました。

    このリサイタルに使ったコンサート・ピアノは、会場を無償で提供してくれることとなったセレナ・ホテルでみつけました。しかし、19世紀の製作と思われる古色蒼然としたフランス製の楽器で、通常の88鍵ではなく97鍵もある大型ピアノです。調律ができていないだけでなく、音の出ない鍵盤もあり、修復に数カ月かかり、日本からもピアノ線などを取り寄せました。その結果、どうにか演奏できる状態まできたのですが万全ではなく、鍵盤ごとに音や重さのむらがあり、歪んだような音色とともに、欠陥が残ったままでした。しかし、それを乗り越えた平井さんの演奏はピアノの欠陥をむしろ魅力にしてしまい、聴衆は平井さんの音楽に酔いしれたのでした。


    修復して使ったエラール社製のピアノ。左側に黒いカバーをかけてあるところが、88鍵のピアノにはない鍵盤。

    ■「うらしまたろう」の世界初演

    演奏家としての平井さんの活動のメイン・イベントとなったピアノ・リサイタルのほかに、今回の特別なことは作曲家としての平井さんの最新作「うらしまたろう」の世界初演でした。


    「うらしまたろう」の上演の様子。中央にスクリーンを置き、左に朗読者が座り、右にヴァイオリンのデュオが配置される。最前列の中央にディレクターがいて、音楽や朗読の始まる箇所を指示し、途中で自ら太鼓を演奏した。この写真は、実際よりも少し明るしてある。

    この「うらしまたろう」は、日本文化紹介の手軽で楽しいプログラムはできないかという思いから私が10年ほど前から始めた「絵本プログラム」の最新作です。日本には、素晴らしいストーリーと挿絵を持つ絵本が多々あります。その絵をプロジェクターで見てもらいながら、現地語で朗読し、これにオリジナルの音楽演奏を加える、というのが「絵本プログラム」です。今回は従来以上に音楽と絵本を有機的に組み合わせたものをタンザニアで初演しようということになり、講談社の復刻版「うらしまたろう」を選び、平井さんに作曲をお願いしました。

    「うらしまたろう」は、大使公邸で行った、現地音楽愛好家との交流会、日本文化クラブのメンバー対象のイベント、そして日本人学校の生徒と保護者の方たち向けの演奏会で、それぞれ英語、スワヒリ語、日本語で世界初演をしました。朗読を含めてスタッフはすべて大使館員、ヴァイオリンは川口公使の長女でチューリヒ音大の大学院生である仁和さんと私が受け持ちました。

    平井さんが録画を三部に分けてYouTubeにアップしてあるので、ご関心のある方はご覧になってください(第一部第二部第三部)。

    ■スワヒリ語で「平城山」を歌う、そして学校訪問とテレビ取材

    音楽愛好家との交流会では、また、平井さんの祖父である平井康三郎氏の作曲した「平城山」と「ゆりかご」をダルエスサラームの合唱団にスワヒリ語で演奏してもらいました。スワヒリ語で歌っても平城山は大変優雅に響きました。合唱団のメンバーもこれらの曲を気に行ってくれて、その後各地で行う音楽会で演奏してくれています。大変嬉しいことです。


    ダルエスサラーム情報誌のDarLifeに載った平井元喜さんのリサイタルの批評。「普遍的な希望のメロディー 平井元喜の畏敬の念を抱かせる演奏」という標題の下に、平井さんの演奏を激賞している。

    音楽会に加えて、平井さんがダルエスサラームに滞在している間に、現地の小学校に行って音楽の授業に参加する、ザンジバルのストーンタウンに行ってダウ諸国音楽アカデミーでターラブの演奏家たちとの交流をする、ということも企画しました。音楽を軸にさまざまな交流をしたいという平井さんの気持がこういったプログラムに結び付きました。

    更に、平井さんの音楽をできるだけ多くの人に知ってもらう、楽しんでもらう、という目的から、我々はテレビ局とタイアップすることにしました。民放ITVにアプローチし、平井さんの演奏会を独占的に取材し、番組にしてもらうことにしました。その結果、平井さんのインタヴューや演奏をちりばめた素晴らしい30分番組が制作され、小学校訪問からはしゃれた子供向けのショート・レポートが放映されました。

    ■現地での協力と知恵と汗の結晶


    地元テレビ局のインタヴューを受ける平井さん。インタヴューをするのは人気キャスターのテンダイさん。(テレビ番組の映像から)

    こういった一連の行事を行うに当たっては外務省の助成をもらったのですが、助成はコストをすべてカバーできるものではありません。外務省からは500ドルの演奏謝金の他には調律代や広報経費の一部の予算がつくだけで、ロンドンとの往復の航空賃やダルエスサラームの滞在費などは出ません。幸いなことに、今回は、セレナ・ホテルが演奏会場を無償で提供してくれましたし、ダルエスサラームの日本人会からは1000ドルの寄付を頂きました。そこで、宿泊に大使公邸を利用してもらうなどの工夫をすることで、平井さんの負担をほぼなくすことができました。

    在外公館での文化行事は、多くの人々の協力と支援を得て初めて成り立つ手作りの行事です。在外公館用の文化予算が極めて限られていることもあって、多くの部分は現地における多くの人の協力と知恵そして汗に支えられています。逆にそういったハードルを乗り越えて多くの人々の笑顔や感動に接することが、新たな挑戦への活力を生むことになります。この記事を通して、そういった苦労の一端を知って頂ければ幸いです。