すなわち日本の長所である高品質という中核部分は維持しつつ大幅に低い価格の製品を作りだすことに全力をあげてもらいたいのです。そうでないと、途上国の人たちが将来購買力を増した時になっても、現在彼らが使っているブランドや商標を捨てて日本製品を選んでくれるという保証はないのではないでしょうか。また、そういった低価格商品を開発できれば、日本市場でも喜ばれ、日本市場のグローバル化にも結び付き、ガラパゴス状況に風穴をあけることができるかもしれません。
パナソニックは日本を代表する企業ですが、タンザニアには創業者松下幸之助氏の肝いりで、1968年にタンザニアに進出してきました。創業当時は乾電池のみで70年代後半にラジオの生産を開始しましたが、タンザニア経済が低迷した90年代に、粗悪だが安価な輸入品の普及もあって経営は大変な困難にあいます。しかし、オーディオ部門を閉鎖し電池生産のうち単三については、購買力の小さいタンザニア人相手に店頭一個売りも可能にしたのが、タンザニア経済の上昇局面と重なり、更にタンザニア政府の粗悪品規制とあいまって今世紀に入ってから売り上げは年間1000万本から5000万本と大幅に増大しました。一昨年にEAC(東アフリカ共同体:タンザニアのほかにケニア、ウガンダ、ルアンダ、ブルンジがメンバー)内で共通市場ができ域内関税がゼロになったことも受け、これから更に飛躍的な売り上げ増が期待されます。
パナソニックの乾電池売り上げの主力は、日本国内とは異なり高価高性能なニッカドやアルカリ電池ではなく、安価な従来型のマンガン電池で、しかも、同じEAC域内でも国ごとの購買力のレベルに応じて仕様を変え値段も変えています。それでも安価な輸入品より値段はいささか高くなりますが、そこはパナソニックの乾電池の品質と性能が徐々に評価されるようになり、粗悪品との競争にも十分勝てるようになってきました。日本の他の企業もパナソニックのようなスタンスで製造することをすれば、途上国市場でも十分に戦えると思います。
赴任して5カ月が経ちましたが、日本企業の進出で目立った動きはありません。韓国製や中国製の安い製品が市場を席巻している中で歯がゆい思いをしています。確かに電気を始めとしたタンザニア側のインフラの不備や行政手続きに時間がかかるなどの問題はありますが、むしろ原因は日本側にあるのではないか、長年育んできた日本的企業体質や企業を取り巻く風土がタンザニアのような新興市場への進出を難しくしているのではないかと思うようになりました。
携帯電話の世界で日本のガラパゴス化が叫ばれてからもう何年か経ちますが、日本の製造業は日本の市場の高度で特殊な要求に最適化してしまった結果、精緻な素晴らしい製品を作ることができる一方それは日本と言う特殊な世界においてしか能力を発揮できていません。コストダウンを図るため多くの日本企業は欧米企業などと同様に中国や東南アジアに工場を移していますが、それでも日本企業は世界の大多数の人たちの住んでいる途上国世界の環境やニーズに適応できなくなっているのではないでしょうか。
製品だけでなく、道路や鉄道、港湾、発電配電などの経済インフラの建設についても、日本国内で完結した素晴らしい世界を作ることを目指したあまり、世界市場においては途上国だけでなく欧米の企業との競争にも勝てない状況があり、アンタイドを原則として行われている日本の途上国援助実施を難しくしています。
一言で言って、日本の産業は国際競争力を失っているのではないか!?
大企業については、今まで欧米などの大市場については先方の環境に適した製品を開発して来たと思います。ここらで思い切って、欧米や東アジアと比べればはるかに小さいアフリカなどの途上国の市場をターゲットに、そういった途上国のニーズに最適化した製品を生み出すことにもトライしてもらえないかと思います。
また、金城氏からの出資を得て、昨年10月にトラック一台と若干の資金でタンザニア国内輸送会社を立ち上げた井上氏は、日本ブランドの持つ信頼力を武器に確固たる地位を築き、着々と経営を拡大しています。
こういう若手の独立系ビジネスマンの人たちの話を聞くと、アフリカのなかでもタンザニア市場は新規参入者にとって最もやり易いと言います。不十分とはいえ経済インフラがかなり整いつつある一方で、長らく社会主義経済経営をしてきたため、市場経済的経営が行きわたっていないため、多くのビジネスチャンスが手つかずのままに残っているのだそうです。経済が急拡大する中で物流サービスが不十分というのはその一つで、輸送サービスに対する需要はあるのに十分な輸送能力は育っていません。
ちょっと毛色の変わった新規参入者と言うと、積水化学の企業内ベンチャーで、ジャトロファという樹木からのバイオ・ディーゼルの生産に取り組んでいる荒浪氏がいます。
タンザニアでは、第二次大戦直後の時期をピークとして、サイザル麻が最大の輸出品目だったことがあります。サイザル麻の需要減退のため、耕作を放棄されたサイザル・プランテーションが遊休地となって広いタンザニアのあちこちに広がっています。そこでジャトロファを育てよう、というのが荒波氏の計画で、現在試験的に農場で生産を行い、将来大規模栽培で事業化を目指しています。タンザニアの目指す農業関連工業の起業ですし、環境に優しいエネルギー生産であり、計画の早期達成を大いに期待しています。
この荒浪氏のプロジェクトにも、タンザニア人との人間関係、信頼関係、人脈が不可欠の前提になります。タンザニアのサイザル農園主との信頼関係が必要ですし、農園で働く労働者の管理などでタンザニア人とのコミュニケーション能力が求められる仕事です。荒浪氏が今までにかけた時間の多くは、タンザニア人との人間関係構築に向けられていたと言っても過言ではないでしょう。
そうは言っても、大市場で十分な利益をあげている大企業にとって小さい市場にはなかなか魅力がないかもしれません。しかし、小さい市場であげる利益でも糧にできるベンチャーや小企業にとっては、急速に発展し、また、旧来のしがらみのないアフリカ市場には大きな機会がころがっています。そういう市場を相手にがんばっている人のことを紹介してみましょう。
タンザニアを拠点としてビジネスを展開している金城氏という若いベンチャー企業家がいます。現地アフリカの人や中国、インドの人に交じって、ダルエスサラームの中小企業活動の中心地であるカリアコに拠点を持って、活発にビジネスを展開しています。出身地の琉球新報によると、2007年から事業を多角的に展開し、タンザニア、ニジェール、ベナンなどアフリカ8カ国と日本で41の子会社を経営し、最近は年商300億円をあげている、とあります。
カリアコの市場は混とんとしたエネルギーに満ちている
ビジネスの内容に深く立ち入ることはやめますが、金城氏の話を聞くと、やはり一番大切なのは人のネットワークで、金城氏は、ともかくある国で仕事を始めるに当たっては十分な人脈づくりを先行させると言います。そして、タンザニアのなかで要にいるさまざまな人たちとの人的関係を築き、またとかくお人よしに見られがちな日本人ビジネスマン一般の振る舞いとは異なり、現地の人たちとの関係も現地基準で大変厳しく律しています。
学校や病院に始まり、地域開発や中小企業支援、職業訓練などに携わり、多くの友人を作り、スワヒリ語も堪能になった若者が沢山います。また、政府中枢に入り、経済や農業などの政策の立案に携わったり、行政組織の能力向上に協力している専門家も数多くいます。彼らの持つ生の情報や要人との人脈は、知らない土地でビジネスをするのに足らないところを補って余るものがあります。
こういった人たちを是非もっと企業として採用してもらえれば、内向き日本の中にこもっているだけでは見えない世界が開けてくると思います。一部の企業ではやっていただいていることですが、現役社員のを青年海外協力隊あるいはJICA専門家としてタンザニアに送り込み、必要な土地勘や人脈を築いてもらう、という手段ももっと活用すべきではないでしょうか。最近良く言われる官民連携の大きな可能性がここにあります。
最後に繰り返しますが、アフリカという見知らぬ土地でビジネスをするためにはまずは人間関係の構築が必要です。自ら飛び込んで構築するも良し、そうでなければ必要な人材を若いボランティアあるいは経験を積んだ専門家からリクルートすることを強くお勧めしたいと思います。
アフリカ進出を躊躇する日本企業に聞くと、多くの場合情報不足ということがあげられます。しかし、経済データ、制度や規則などのデータは豊富に存在します。ネットでみつからない情報も、在タンザニア日本国大使館や在京タンザニア大使館、更にはJETRO、JOGMEC、JICAなどに行けば、たくさん手に入ります。
むしろ、私の印象では、足りないのは「情報」ではなく、「信頼感」あるいは「安心感」なのではないかと思っています。要するに、自分でその土地にいてさまざまなインフォーマル情報にも通じている信頼できるパートナーを持っている、一言でいえば人脈というのがビジネスの大前提であり、そういった人的な関係がないまま抽象的なデータからビジネス判断は難しいということなのでしょう。他方、人間関係がないということとビジネスをしないということは鶏と卵の関係のようなものです。何もしないで日本にいたまま人間関係はできません。
そうであれば、現地の土地勘があり人間関係を持っている人を採用するということが足りない「情報」を補う最善の策ではないかと思います。ここで注目してもらいたいのが、タンザニアには毎年80人も派遣されている青年海外協力隊員です。